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『今日もスープを用意して』感想|苦しい親子の物語に残された、静かな温かさ

加藤千恵『今日もスープを用意して』の書評アイキャッチ。湯気の立つスープと、曇り空の雲間から柔らかな光が差し込む風景。 曇り

こんにちは、蝶まめです。

今回紹介するのは
『今日もスープを用意して』/加藤千恵

📖 読書天気:曇り

厚い雲に覆われた空から、ほんの少し光が差し込むような読後感。
苦しさが消えるわけではないけれど、最後には静かな温かさが残りました。

書店で見かけたとき、「おいしそう。ほっこりするお話かな?」と思って手に取った一冊。

ところが、読み始めてみると、なんだか不穏な雰囲気が……(笑)

これは気軽に買う本じゃないかもしれない、とそのときは購入を見送り、後日図書館で借りてきました。

実際に読んでみると、予想以上に重く、苦しい物語。

温かなスープを囲む穏やかな日常を想像していると、驚くかもしれません。

それでも、不思議なことに読み終えたときには温かさが残っていました。

こんな人におすすめ

  • 複雑な親子関係を描いた小説を読みたい人
  • 登場人物それぞれの心情をじっくり考えながら読みたい人
  • 明確な答えが出ない物語にも魅力を感じる人
  • 苦しさの中にある、ささやかな温かさを感じたい人


軽い気持ちで読める作品ではありません。

親の都合に振り回される幼い子どもの姿や、一般的な家庭とは大きく異なる生活環境が描かれています。

家族との関係に複雑な思いを抱えている人にとっては、特に苦しく感じられるかもしれません。

タイトルの印象だけで選ぶよりも、そうした物語だと知ったうえで手に取ってほしい一冊です。



『今日もスープを用意して』はどんな本?

主人公の望は、自由奔放なシングルマザー・芙美子のもとで育つ。

母親の恋人が変わるたびに生活環境も変わり、幼い頃からひとりで過ごすことも多かった望。

周囲の家庭とは違う暮らしの中で、望は「普通」への憧れを抱きながら成長していく。

そんな芙美子が、食事について唯一こだわっていたのが、毎食スープを用意すること。

母親の言葉に従ってきた望も、やがて自分でスープを作るようになる。

思いどおりにならない母親との関係、自分自身の好きなもの、そして人生の選択。

母親に振り回されながら育ったひとりの女性が、自分の道を歩んでいく姿を描いた物語。

感想|変わらないものと、見えない思い

「普通の親じゃない」母親と、その娘

正直、幼少期の描写はかなり苦しかったです。

母親の自由奔放さは、単に少し変わった親という言葉では片づけられないもの。

まだ幼い娘がひとりで留守番をし、自分で保育園へ行く。

周囲からすれば心配になるような状況でも、母親はそれをおかしいとは思っていない様子。

母親にとっては当たり前のことでも、子どもにとってはどうなのか。

その認識の違いが、読んでいてつらく感じられました。

私自身の経験と重なる部分もあって、序盤は読むのをやめようかと思ったほどです。

それでも読み続けられたのは、成長していく望の姿を見届けたかったからかもしれません。

望は、周囲が考える「普通」に近づくためだけに生きているわけではありません。

自分が好きなものや、これと決めたことは貫こうとする。そのためなら、ほかのことは我慢する。

そんな頑固さがあるように感じました。

劇的に性格が変わるわけでも、育ってきた環境への反動で何もかも振り切ってしまうわけでもない。

自分の中にある譲れないものを持ち続けながら、自分の人生を選んでいく。

その姿は応援したくなるものでした。

ただ、自分と似ているところがあるからこそ、違いを感じたときには複雑な気持ちにもなりました。

共感できることと、すべてを理解できることは別なのだと思います。

視点が変わると、見えてくるものも変わる

この物語で印象的だったのは、望だけでなく、周囲の人物たちの視点からも描かれていることです。

誰かの言動を外側から見ているだけでは、その人が何を考えているのかはわかりません。

相手にどう思われているのだろう。

もしかしたら、見下されているのかもしれない。

そんな不安を感じる関係でも、相手の胸の内を知ると、印象が大きく変わることがあります。

この作品では、読者にはそれぞれの思いが見えるのに、登場人物同士には伝わっていないことがあるんです。

だから、読んでいるこちらは安心できても、本人たちは相手の気持ちを知らないまま。

「そんなふうに思っているわけじゃないんだよ」

思わず、物語の中に声をかけたくなりました。

一方で、すべてが丁寧に説明されるわけではありません。

登場する人物たちの背景や関係性にも、はっきりしない部分が残ります。

読者の想像に委ねられるところが多く、私自身、最後までつかみきれないこともありました。

この曖昧さをどう受け止めるかで、作品への印象はかなり変わりそうです。

愛情があっても、理想の母親にはならない

最初は、芙美子に対して「ひどい母親だな」と感じていました。

けれど、読み進めるうちに、その印象も少しずつ変わっていきます。

もちろん、それまでの行動が許されるわけではありません。

子どもが苦しんできたことも、母親に振り回されてきた事実も変わらない。

ただ、母親なりの思いや、ずっと変わらずに持っているものもある。

人の愛情は、必ずしもわかりやすい形で表れるとは限らないんですね。

だからといって、愛情があれば何をしてもいいわけではない。

その二つをどう受け止めたらいいのか、私自身も考えさせられました。

この親子は、これからもきっと簡単には変わらないのだと思います。

母親は母親のまま。娘もまた、自分の中にある思いを抱えたまま。

それでも、本人たちには伝わらない思いを知っている読者だからこそ、少し離れた場所から見守りたくなる。

そんな不思議な温かさを感じました。

まとめ|曇り空の向こうに残る温かさ

『今日もスープを用意して』は、タイトルから想像するような、穏やかでおいしそうなスープの物語ではありませんでした。

親子関係の苦しさや、育った環境がその後の人生に残すもの。

そして、自分の人生を自分で選んで生きていくこと。

読み進めることさえ苦しくなる場面があり、誰にでも気軽におすすめできる作品ではないと思います。

それでも、最後に残ったのは温かさでした。

何かが劇的に解決したわけでも、みんながわかり合えたわけでもありません。

けれど、読者だけが知ることのできる胸の内に触れたとき、見えていた景色が少し変わる。

厚い雲が晴れ渡ることはなくても、その隙間から静かに光が差し込むような感覚でした。

重く苦しい物語の中に、確かに温かさがある。

そんな、簡単には言葉にできない余韻の残る一冊です。


複雑な母娘関係と、食べ物を通して描かれる思いという点では、『食堂かたつむり』/小川糸も思い浮かびました。

こちらも、母親との関係にわだかまりを抱える主人公の物語。

親子だからこそ伝わらない思いや、見えていなかった一面について、また違った角度から考えさせられる一冊です。

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