こんにちは、蝶まめです。
今回紹介するのは、芦沢央さんの『あなたが正しくいられたとき』です。
読書天気は「曇り」
穏やかに見える空を薄い雲が覆い、気づかないうちに光を遮っていく。そんな空気を感じる一冊です。
もしやこれは、善意と悪意が入れ替わる瞬間を描いた物語なのでは……。
誰かを助けたい。大切な人を守りたい。間違いを正したい。
登場人物たちは、それぞれが自分なりの正しさを持って行動します。けれど、自分から見れば正しいことも、別の場所から見れば間違いなのかもしれません。
見る立場によって姿を変える正しさと、日常の中に潜む人間の怖さを描いた六編の短編集です。
こんな人におすすめ
- 人間の心が生み出す怖さを描いた作品が好きな人
- 善意や正義が反転する物語を読みたい人
- 短編ミステリーが好きな人
- 読み終えたあと、自分の価値観について考えたい人
はっきりとした悪意よりも、「良かれと思ってしたこと」が思わぬ方向へ転がっていく怖さが描かれています。
登場人物を簡単に悪者と決めつけられない物語や、読み終わったあとも答えの出ないミステリーが好きな人におすすめです。
『あなたが正しくいられたとき』のあらすじ
誰かを助けたい。大切な人を守りたい。過去の間違いを正したい。
それぞれの事情を抱えながら、自分が正しいと思う道を選ぶ人々。
しかし、その選択は別の場所から見ても、本当に正しいものだったのか。
善意、家族、噂、介護、社会の分断。日常の中に生まれた小さなひずみが、やがて思いもよらない形で人間関係を変えていく。
正しさの危うさと、人の心に潜む歪みを描いた六つの物語。
『あなたが正しくいられたとき』を読んだ感想
正しい人でいられたのは、自分だけの力だったのか
この本を読んで強く感じたのは、人は自分の意思だけで正しくいられるわけではない、ということでした。
生活に余裕があること。追い詰められていないこと。そして、すぐそばで誰かが支えてくれていること。
そうした条件がそろっていたから、正しい人でいられたのかもしれません。
「代償」を読んだとき私はまず、
支えてもらっている自覚はあるのに、奥さんのことをそこまで見ていなかったのか、と思いました。
自分が正しく生きるために、誰かが負担を引き受けている。
その人の存在を見ないまま、自分だけを正しい人だと思ってしまう。
本人に悪気がなかったとしても、支える側の苦しさまでなくなるわけではありません。
良いことをしたつもりだった。
自分なりに頑張った。
傷つけるつもりはなかった。
そんな「つもり」と、相手がどう受け取ったかは別の話です。
理解できることと、許されることは同じではない
「待てば無料」では、介護をしているのにあんな態度を取られたら、逃げたくなる気持ちも分かると思いました。
追い詰められた人の感情は、外から簡単に否定できるものではありません。
それでも、気持ちを理解できることと、その後の行動が許されることは同じではないのでしょう。
事故だったのではないか。
それでも、嘘をついたことで意味が変わってしまうのか。
読んでいる私の中でも、何度も見方が揺れました。
どちらか一方を完全な悪者にできないからこそ、自分ならどうしただろうと考えてしまいます。
正しさを保てるかどうかは、その人が置かれた状況にも左右される。
余裕を失ったとき、それまで信じていた自分自身が崩れてしまう怖さがありました。
誰かを守る正しさが、誰かを追い詰める
「立体パズル」で描かれるのは、子どもを守りたいという親の気持ちです。
その気持ち自体は理解できます。
私だって、犯罪者が住んでいた家に積極的に住みたいとは思いません。
けれど、噂には事実以上の力があります。
子どもの安全を守るために始まったはずの行動が、集団の圧力へ変わっていく。
正しい側にいるつもりの人たちが、別の誰かの生活を追い詰めてしまいます。
同じものを見ているはずなのに、立つ位置によって見え方が違う。
まるで立体パズルのように角度が変われば、それまで見えていなかった面が現れます。
そこまでしなければ価値観をそろえられないこともあるのだろうか。
そもそも、全員が同じ価値観を持つ必要はあるのだろうか。
読みながら、そんなことを考えました。
正しさが集団のものになったとき
「投了図」では、コロナ禍に生まれた人と人との線引きが描かれています。
あの頃は誰もが自分や大切な人を守ろうとしていました。
けれど、守るための行動が誰かを排除することにつながり、嫌がらせが次の嫌がらせを生んでいく。
その連鎖がとても切なく感じられました。
一人ひとりが正しいと思って取った行動も、集団になれば大きな力を持ちます。
正しさが自分の中だけにあるうちは迷うことができても、「みんなもそう思っている」という形になった途端、立ち止まることが難しくなるのかもしれません。

分からなかった物語も、そのまま残った
六編の中で、「薄着の女」だけは最後までつかみきれませんでした。
どこからが…。
あれはただの…?
そして、最後に示されたものは何だったのか。
読み終えた瞬間に出てきたのは、「何これ?」という戸惑いでした。
きれいに意味を説明できる作品ばかりではありません。
分からなかったものを無理に分かったことにせず、その引っかかりを残しておくのも読書だと思っています。
いつか読み返したときには、今とは違うものが見えるのかもしれません。

まとめ|「そんなつもりじゃなかった」で終わらせないために
自分から見れば正しいことが、誰かから見れば間違っている。
その逆もまた同じです。
それが人間なのだと思います。
自分の意図を基準に考えれば「そんなつもりじゃなかった」と言うことはできます。
けれど自分にそのつもりがなかったことと、相手が傷つかなかったことは同じではありません。
この本に登場する人たちは、私たちとかけ離れた特別な人ではありません。
だからこそ、読んでいて怖くなります。
見方ひとつ、立つ場所ひとつで、正しい人にも、間違った人にもなってしまう。
それでも私たちは、自分なりに考え、何かを選びながら生きていくしかありません。
大切なのは自分の正しさだけを見て、その陰で傷ついている人を見落とさないことなのかもしれません。
『あなたが正しくいられたとき』は、読み終わっても簡単には答えを出せない短編集でした。
自分は本当に正しいのか。
そう問いかけられたとき、迷わず「正しい」と答えられる人ほど、この物語の曇り空の奥にあるものを、一度のぞいてみてほしいと思います。
