こんにちは、蝶まめです。
今回紹介するのは、一穂ミチさんの『ツミデミック』。
📖 読書天気:嵐🌀
社会への不安や恐怖が吹き荒れる。けれど、その嵐の中で見えてくるものもある一冊。
第171回直木賞を受賞した短編集です。
最初に気になったのは、やっぱりこのタイトル。
「ツミデミック」。
パンデミックとかけた言葉なのだろうとは思う。
では、「ツミ」とは何なのか。
罪?
それとも、もうどうにもならないという「詰み」?
赤い表紙に描かれた菊の花も印象的で、読む前から何か引っかかるものがありました。
そして読み終わってみると、このタイトルに込められているものは、思っていたよりずっと複雑でした。
※2026年7月発売の文庫版には、単行本収録の6編に書き下ろし「わたしの春」が加わっています。この記事では、単行本版の6編を中心に感想を書いています。
こんな人におすすめ
- コロナ禍を題材にした作品を読んでみたい方
- 人間の善悪では割り切れない感情を描く作品が好きな方
- 静かな不穏さがある物語が好きな方
- 短編でもしっかり余韻を味わいたい方
- 「正しさ」や「罪」について考えさせられる作品を読みたい人
文章はとても読みやすいです。
ただし、決して「軽い」短編集ではありません。
『ツミデミック』はどんな本?
『ツミデミック』は、コロナ禍を背景にした短編集です。
単行本に収録されているのは、
「違う羽の鳥」
「ロマンス☆」
「憐光」
「特別縁故者」
「祝福の歌」
「さざなみドライブ」
の6編。
登場人物も場所も、それぞれまったく違います。
ひやりとする話もあれば、少し温かさを感じる話もある。
一冊を通して同じ重さが続くのではなく、いろいろな感情が混ざっていることで、絶妙なバランスになっていると感じました。
共通しているのは、私たちも実際に経験した「パンデミック」という大きな出来事。
でも、描かれているのは感染症そのものというより、極限とは言えないまでも、いつもとは違う状況に置かれたときに見えてくる「人」なのだと思います。
感想|パンデミックが生んだのか、もともとそこにあったのか
コロナ禍によって生活は大きく変わりました。
仕事。
家族との距離。
人との付き合い方。
そして、何が正しいのかという価値観まで。
『ツミデミック』の登場人物たちも、その変化の中で揺れています。
でも読んでいて思ったのは、
この出来事は、本当にパンデミックがなければ起きなかったのだろうか。
ということでした。
きっかけにはなったのかもしれない。
追い詰められたのかもしれない。
けれど、人の中にある欲や弱さ、孤独や嫉妬は、それ以前から存在していたはずです。
パンデミックによって突然生まれたというより、普段は隠れていたものが表に出てきただけなのかもしれない。
そう考えると、この作品は単なる「コロナ禍を振り返る小説」ではなくなります。
今でも、この先でも起こりうる物語なんですよね。
「ツミ」は罪?それとも詰み?
読み始める前、私は「ツミデミック」を、
パンデミックの期間に生まれた罪
くらいに考えていました。
でも読み終わって残ったのは、少し違う感覚。
むしろ、
罪がパンデミックしていく。
そんな印象でした。
ひとつの小さな選択。
ちょっとした欲。
誰かへの苛立ち。
「これくらいなら」という気持ち。
それが別の出来事につながっていく。
そして「ツミ」という音は、「罪」だけでなく「詰み」にも見えてきます。
もう戻せない。
選択肢がなくなる。
自分で自分を追い込んでしまう。
だから『ツミデミック』というタイトルは、読み終わったあとほど怖く感じました。
「正しいこと」は、いつも優しいとは限らない
コロナ禍を思い返すと、
「こうするべき」
「それは間違っている」
という言葉が、今よりずっと強く飛び交っていたように思います。
もちろん、誰もが先の見えない不安の中にいて、正しい行動を探していました。
でも、
正しいことを主張することと、誰かに優しくすることは同じではない。
『ツミデミック』を読んでいると、そんなことを考えます。
自分では正しいつもりでも、その正しさが誰かを傷つけることがある。
逆に、一見間違っているように見える人の内側にも、他人には見えない事情や感情がある。
人の内側なんて、結局その人にしかわかりません。
それでも私たちは、見えている部分だけで誰かを判断してしまう。
その危うさが、静かに描かれている作品でした。
一穂ミチ作品の「人間」がやっぱり面白い
一穂ミチさんの作品を読んでいると、人間をきれいに善と悪に分けてくれません。
優しい人にも醜いところがある。
間違ったことをした人にも、理解できてしまう部分がある。
『ツミデミック』にも、そんな人たちがたくさん登場します。
誰かを完全に責めることもできない。
でも「仕方なかったよね」と全部を許すこともできない。
その曖昧さが、とても人間らしい。
だから読み終えてすっきり答えが出る作品ではないけれど、あとから何度も考えてしまうのだと思います。

まとめ|コロナ禍の小説ではなく、人間の小説
『ツミデミック』は、確かにパンデミックの時代を描いた作品です。
でも、そこで描かれている人の弱さや孤独、欲や罪悪感は、あの時代だけのものではありません。
誰かを責めるわけでもない。
きれいに癒して終わるわけでもない。
ただ静かに、人の内側を見つめている。
そして読んでいるこちらも、自分ならどうしただろうと考えることになる。
「ツミ」とは、罪なのか。
詰みなのか。
それとも、もっと別のものなのか。
読む人によって答えが変わるところも、この作品の面白さなのかもしれません。
時事小説としてその時代だけに残るのではなく、これから先も読まれていく。
そんな、人間そのものを描いた一冊でした。
