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ゆるよみごと│趣味は読書って、無趣味なの?

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「趣味は?」

そう聞かれて「読書」と答えると、大体そこで会話が終わる。

「ふーん」

以上。

たまに「何読むの?」と聞かれることもあるけれど、答えたあとにやっぱり「ふーん」で終わったりする。

聞いたくせに(笑)

なので最近は、

「多趣味ですよ〜。インドア系ですけど」

くらいで済ませることが多い。

読書を隠したいわけではない。

読書もする。手芸もする。何かを書いたりもする。

一個だけ選ぶより、「インドア系」が一番しっくりくるんだよね。

でも昔、

「読書ってつまらないじゃん。どっか行ったりした方が絶対いいよ」

と言われたことがある。

あのとき思ったのは、とても単純だった。

なんで??

本を読んでる=暇?

それから意識するようになっただけなのかもしれないけれど、読書って、ときどき妙に雑な扱いを受ける。

「本なんて読むんだ」

「暇なんでしょう?」

「友達と遊びに行ったりしないの?」

ひどいと、

読書する
↓
暇
↓
一緒に遊ぶ人がいない
↓
仕方なく本を読む

みたいな謎の連想まで完成する。

いや、どこからそうなったの。

SNSでも、一人でご飯を食べている人を見て「恥ずかしくないのかな」とか、本を読んでいる人を見て「連絡する相手もいないのかな」とか。

バズるためのネタなのかもしれない。

それでも、そういう発想が出てくるということは、「一人=寂しい」と考える人もいるんだろうなと思う。

私は、誰かといる時間も必要。

でも、それと同じくらい一人の時間も必要。

そのバランスが取れているときは、「一人だから寂しい」とか「誰かといるから楽しい」とか、いちいち考えもしない。

一人の時間が足りなくなったときだけ、

ちょっとでいいから一人になりたい。

となる。

そして困るのが、本を読んでいる時間を「空いている時間」と判断されること。

「暇ならこれやって」

「そんなことしてるなら、こっちに来ればいいじゃん」

「人が足りないから参加してよ」

いやいや。

本を読んでるんですけど。

予定表に「読書」と書いていないからといって、誰かが自由に使っていい空き枠になったわけではないんだけどなあ。

暇って、そんなに悪いもの?

病院の待ち時間や、ちょっとしたスキマ時間に本を読むことは多い。

何もしないでぼーっと待つのが苦手だから、そういう意味では確かに暇つぶしなのかもしれない。

でも、読書そのものが「暇だから仕方なくやること」ではない。

私にとって暇な時間は、必要な時間でもある。

本を読んでもいい。

一人でランチしてもいい。

温泉に行ってもいい。

何もせずぼーっとしたっていい。

自分で使い方を決められる時間。

それがないと、たぶん私にはしんどい。

何もすることがなくてぼーっとしているのと、やれることはあるけど「今日はぼーっとしたい」と思うのは、同じようでちょっと違う。

それなのに、本を読んでいるだけで、

「暇なんだね」

「じゃあ、その時間使えるよね」

となるのは、やっぱりよく分からない。

じゃあ、みなさんの空き時間って何してるんですか。

一分一秒惜しんで働いてるんですか。

意味もなくスマホを開いて眺める時間より、本を読む時間の方がくだらないんですか。

……と、ちょっと面倒くさいことを考えたりする(笑)

静かだけど、頭の中は忙しい

外から見れば、本を読んでいる人は静か。

座ってる。

動かない。

存在感すら消えることもある。

でも本人の中まで静かかと言われると、全然そんなことはない。

本を開けば、そこにいながら世界中へ行ける。

昔にも未来にも行ける。

宇宙にだって行ける。

自分とはまったく違う人の人生を見たり、その人になったような気分になったりもする。

現実では一生に一度あるかどうか、という出来事に何度も出会うことだってある。

面白ければ笑うし、驚けば「えっ」と声が出る。

体は動いていなくても、頭の中は結構忙しい。

私はそれが楽しいから読んでいる。

頭が良くなるから、とか。

仕事に役立つから、とか。

そういう理由が先にあるわけではない。

結果として何かを知ったり、考え方が変わったりすることはある。

でも、それはあとからついてくるもの。

まず楽しい。

だから読む。

たぶん、それだけなんだと思う。

そもそも趣味って何だろう

ここまで書いておいてなんだけど、そもそも「趣味」って何なんだろう。

私は昔から、本を読んだり、手芸をしたり、物語を書いたりしていた。

でも、

「今日は趣味の時間にしよう!」

なんて考えた記憶はほとんどない。

気分で本を開く。

別の日は編み物をする。

何か浮かべば書く。

日常の中に余裕がなければ、何もしない。

一日の終わりに「あ、今日読まなかったな」と思うことはあっても、それだけ。

ただ、ものすごく続きが気になる本を読んでいるときだけは別。

読みたい。

読みたい。

早く続き読みたい。

となる(笑)

楽しいこと。

それに、ある程度続いていること。

そう考えると、私にとっては読書も手芸も、やっぱり趣味なんだろうなと思う。

何冊読んだら趣味、とか。

毎日読んだら本好き、とか。

そういうことではない。

年に一冊でも、その人が本を読むのが好きで、「読書が趣味です」と思っているなら、それでいいんじゃないかな。

同じ「本を読む」でも、「仕事に役立つから読まなきゃ」と義務で読んでいる人とは、少し違う。

どちらがいいとか悪いとかではなくて、私が言う「趣味」とは少し違う、というだけ。

私はこうだけどね

学生の頃は、「読書が趣味」と言うことで「頭いいつもり?」みたいなことを言われて、人前で本を読まなくなった時期もあった。

毎日同じ場所に通って、同じ人たちと顔を合わせる学生時代は、そこで浮いたり攻撃されたりすると普通にしんどい。

大人になった今は、そこまで気にならなくなった。

合わない人とは無理に合わせなくても、それなりにやっていける。

だから今、「読書なんてつまらない」と言われても、

私の何が分かるの。

くらいで終われる。

ただ、読書そのものを「つまらないもの」と決めつけられるのは、今でもちょっと嫌。

本があって。

書いた人がいて。

作った人がいて。

それを楽しんでいる人がいる。

そこまでまとめて「つまらない」と言われるのは、私個人の趣味を否定されるのとは少し違う気がする。

アウトドアが好きな人は、それでいい。

スポーツが得意な人を見ると、私は普通に「すごいな」と思う。

私はびっくりするほどそっちに向いていないけど(笑)

外に出るのが好きな人がいて。

家で何かをするのが好きな人がいて。

読む人、作る人、書く人がいる。

人生が充実しているかどうかなんて、外から見ても分からない。

自分が充実していると思えば、それでいいんじゃないかな。

私は昔から本を読んできた。

今も読む。

これからもたぶん読む。

だから、

「趣味は読書って、無趣味なの?」

と聞かれたら。

うーん。

少なくとも私は、普通に趣味だと思ってるんだけどなあ。