2021年も立春を迎え…新たな1年はいよいよ?

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こんにちは、齋藤有沙です。

2021年もすでに1か月を過ぎ、立春も迎えたわけで…

Arisa
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暦の上では春になり、三寒四温…新たな芽吹きへと進んでいく時期ですね。

2020年を振り返る時期はもう終わりで、改めて見るようになる方も多いのではないでしょうか?

この記事の内容

  • 旧正月?立春とは何なのか
  • 三寒四温はスタートへの準備期間ではないか
  • 今年も我が家を見守ってくれる御札のお話

私個人的な考えが多く含まれる記事ではありますが、期待と不安でいっぱいになる春の新生活を前に、少しでも希望になることがあれば…と書かせていただきました。

良かったら最後までご覧くださいね。

 

立春とは何?

立春は二十四節季の一つで、旧暦では1年の始まりとされていた日です。

暦の上では「春」であり、梅を始め植物たちが活動を始める時期になりますね。

 

 

Arisa
Arisa

何となく立春と聞くと心が躍るのは私だけでしょうか?

我が家では立春後の大安にひな人形を飾るので、さらに「春だな」と感じますよ🎵

 

 

三寒四温。

三寒四温は三日寒い日が続いた後、暖かい日が四日続くという気象現象のこと。

元々は真冬の特徴として使われていたそうですが、最近は春先に使われるようになっています。

寒い日と暖かい日を繰り返しながら一歩ずつ春に近づいていくような意味合いで多くの方が耳にするでしょう。

きっとそうして進む季節に希望を感じていくんだろうと私は思っています。

 

Arisa
Arisa

この季節は花粉症の私には辛い季節ではあるのですが、厳しさから穏やかさに転ずるこの季節を嫌いにはなれません。

 

2021年の御札。運勢や星回り

新年を迎えると神棚の御札なども基本的に入れ替えになりますよね。

我が家には神棚はないのですが、氏神様の御札を授かります。(実際、自動的。強制ともいうものの、決して嫌と思うこともないので有難くいただきます。)

そしてトイレの位置が鬼門ということもあり、家を新築した時から鬼門除けを授かっています。

 

我が家の鬼門除けは「日光山 輪王寺」

群馬県在住ですので、まあ…遠くも近くもない距離という感じでしょうか?

最初は行く機会があって授かったのですが、送っていただくこともできます。

さすが立春前後の季節は雪ですので、わざわざ行くのは躊躇われるのですが、送っていただけたら遅れることなく迎えることができ、非常にありがたいのです。

雪が溶けて落ち着いた季節には、役割を終えた御札の御焚き上げをお願いしに行くこともありますが、今の状況では簡単ではなく…

またゆっくり行けるようになりたいなと願う日々ですね。

 

2021年の御札はこんなこんな感じ。

 

意味を持って選ばれた色になるので、毎年配色が変わり結構部屋のイメチェンにも貢献してくれてます。

当たり前のように目にするリビングにあるので、誰もが無意識に記憶しているあたりがパワーを感じますね。

 

家族全員の名前を生年月日を書いて封じてるのですが、書くのは毎年家長である夫の役割としています。

 

2021年は暗剣殺にあたったので…

今年は私が暗剣殺に当たるので、星祈願も一緒にお願いしました。

厄年などもあまり気にしない質なのですが、今回に限っては妙に気になって仕方がなかったので、これは何かの暗示かもしれないな…と思って。

直感を大切にしたいタイプです。

何も感じない、気にしないで済むなら何もしない。

逆なら気の済むまで徹底してやる…といった感じでしょうか。

 

行った方がいいかな?とも思いましたが、先に書いた理由と現状を考えて断念。

届いた御札にしっかりお祈りさせていただきます。

掛ける場所を作る必要があるので、今はここに仮置き中。
私の力では希望の位置にピンが刺さらなかったという(笑)

 

家族みんなが幸せでありますように。

 

信仰も御札も直感や相性だと思う

我が家は輪王寺と氏神様、そして地鎮祭をお願いした神社が基本です。

いろいろな神様がいて御利益も違うものですが、やはりそれをどう信じていくかは直感や相性じゃないかな?

その場に立ったとき「ここは落ち着く」「神聖な空気を感じる」など何かしら感じるものがあるなら相性はいいと思うし、逆にいくら神社でもどうしても合わない空気を感じる場合もある。

その時々で変わる部分もあるけれど、そういう巡り合わせ的な相性も信じるには大切かと。

決して神様がいて、叶えてくれて守ってくれて…を信じているってことじゃないですよ。

そういう自分の中の穏やかな気持ちや考えが、物事を良いほうにも悪いほうにも動かすと思っているから、自分が嫌な気持ちになることをしなくていいってこと。

「人に言われたから」「有名だから」というような理由だけではいいことあるとは思えないでしょう?

 

全く気にならないなら不要

正直言って、御札とか御参りとか嫌な気はしないけど、無くても別に?って方もいますよね。

それはそれでいいはず。

自分にとって今、神様などの存在はそう大きくない…

それって満たされるってことじゃないかな?って思うし、いつか信じよう迎えようと思う時が来れば、その時は必要になっただけってこと。

状況が変われば考え方も変わるし、人間を含めた動物の本能って鋭いものだから、それに素直に行動すればいい。

ただ、髪様だけに頼って生きるような生き方はつまらないからほどほどに…。

神様は見ていてくれる。だから安心して素直な自分で…と思って生きるのが私のモットーですよ。

 

まとめ

新しい季節の始まり…春は特に不思議な感覚になりませんか?

そんな気持ちと私の生き方の基準を再確認する意味で書かせていただきました。

2020年は満喫できなかった春…

今年もまだできる気はしないけれど、きっと一歩ずつ変わって、普通に過ごせる日々が来ると信じて…。

それぞれの日々にとって、2021年が充実した素晴らしい年でありますように…